2025年08月21日

ピー子と行く!(青森津軽編 最終回)

さて、お送りしてきた

太宰治ゆかりの地をめぐる津軽の旅。

終点は浅虫温泉です。

青森から30分ほどで到着。
2025津軽 (540).JPG
青い森鉄道「浅虫温泉」駅。


この温泉地でお母さんとお姉さんが湯治していたので、

太宰さんはそこに寝泊まりして高校の受験勉強をしていたそうです。

日曜には友人が遊びに来て、
2025津軽 (553).JPG
海岸でピクニックをしたのだとか。


小説「津軽」で太宰さんは、浅虫温泉の旅館について

「田舎のくせになんか高慢な感じがしてイヤだった」

という趣旨のことを言い、

「いやでも、昔の話だし、最近は行ってないから、違うかも」

と必死のフォローをしています。


この浅虫温泉の海岸は、夕日の美しいスポットとしても有名。

浅虫のシンボル「湯の島」に沈んでゆく太陽。
2025津軽 (517).JPG
この日も美しい夕日に出会えました。


7月初めのこの時期から、

ちょうど浅虫ダム付近で「ホタル鑑賞会」が行われるとのことで、

ピー子も行ってみました!

外灯のない細い道を、

月明かりを頼りに進むこと30分。
浅虫温泉夜.JPG
一匹、二匹と、数はそんなに多くないけれど、

闇を飛び交うホタルの姿が見られました。

ピー子、初ホタル。貴重な体験ができました。


さて、長く暑かった太宰治をめぐる津軽の旅。

太宰さんの人となりに触れる旅でもありました。

----------------------------------------
小説「津軽」でわかる太宰さん人物評まとめ。

太宰さんは、

お酒が大好きで、シャイな恥ずかしがり屋で、

気障(きざ)な感じや成金趣味は嫌いで、

潔癖なロマンチストで、おしゃれで面白くて、

本当は人が大好き(特にたけさんや故郷の友人たち)
----------------------------------------

未だに、本当に多くの人に愛されて、

ずっと地元の誇りである太宰さん。

今回の旅のお土産の
津軽(小説).JPG
小説「津軽」単行本を模した、

林檎ファイバー入りクッキーは、
2025津軽 (388).JPG
見た目より柔らかくて、繊細な風味で超絶美味。


うえだには、

未読の太宰さんの作品がまだまだ沢山あることを、

とても幸せだと感じています。

これから出会う一作品一作品、

これまでの何倍も楽しめそうです。


この旅の締めくくりは、

小説「津軽」の有名な締めの言葉に倣おうと思います。


さらば読者よ。“旅”あらばまた他日。

元気で行こう。絶望するな。
浅虫温泉.JPG
   では、失敬。

posted by うえだ at 00:51| 東京 ☁| Comment(0) | ピー子と行く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月17日

ピー子と行く!(青森津軽編 其の八)

太宰治ゆかりの地をめぐるピー子。

弘前を後にして、青森へ。
2025津軽 (507).JPG
かっこよいベイエリア。

そして、ピー子は、

のっけ丼で有名な魚菜センターで腹ごしらえ。
2025津軽 (466).JPG
好きなネタを選んで、自分だけの海鮮丼が食べられます。

美味でした💓

そして、これから向かうのは津軽半島の東海岸。

“外ヶ浜”と呼ばれる地域です。
スクリーンショット 2025-08-17 134219.png

小説「津軽」の中で太宰さんは、

青森からバスで外ヶ浜を北上、

蟹田(かにた)の友人Nさんの家を訪ねます。

ピー子はJR津軽線で一路、蟹田へ。
2025津軽 (490).JPG
      かにたです。


JR津軽線は2022年の豪雨被害で

蟹田ー三厩(みんまや)間の運行が中止となり、

現在も復旧しないまま、2027年に同区間の廃止が決定しています。

よって、ここから北へはもう行けないのです。
2025津軽 (502).JPG
寂しいですね。


蟹田には何もありません。

記念に海を見ておきましょう。
2025津軽 (493).JPG

ピー子が津軽を訪れたのは7月初頭。

本州の最北、青森は東京よりもさぞかし涼しかろうと

期待に胸膨らませていたわけですが、

この旅では今のところ、一度も涼しさを感じていません。

残念です。

蟹田はさすがに涼しかろうと改めて期待しましたが、

全然です。
2025津軽 (498).JPG
    あつい。


小説「津軽」では太宰さんはNさん達と、

北端の竜飛岬(たっぴみさき)まで行きます。
スクリーンショット 2025-08-17 150501.png

途中の今別から三厩へ向かうくだりが、

この小説の中でうえだが一番面白いと思うクライマックスです。

今別で、太宰さんは魚売りのおばさんから鯛を買います。

二尺(60センチ)くらいの鯛を1円70銭で買い、

お買い得だったとご満悦の太宰さん。

宿の夕食にこの鯛の塩焼きを出してもらおうと女中さんに、

「これをこのまま塩焼きにして持ってきてください」と依頼。

女中さんのぼんやりした表情に一抹の不安を感じていたら、

案の定、不安は的中。

果たしてその鯛は、五つの切り身の塩焼きとなって供された。

私は、

食べたくて二尺の鯛を買ったのではない。

尾頭付きの鯛の塩焼きを大皿に載せて眺めたかったんだ!

こんなのもう、鯛ですらない、ただの“やきざかな”だ!

と大いに憤慨し、今思い出してもくやしい!と、

女々しさ全開で読者に語り掛けてきます。

大爆笑です。

----------------------------------------
小説「津軽」でわかる太宰さん人物評その8。

太宰さんはユーモアのセンスが抜群。
----------------------------------------

ちなみに、竜飛岬は“鶏小屋”のような印象の

がっかり観光地だそうです。(あくまで太宰さんの感想です)

さて、ピー子の津軽旅もいよいよ終盤。

次回は、浅虫温泉へ!

posted by うえだ at 15:10| 東京 ☀| Comment(0) | ピー子と行く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月13日

ピー子と行く!(青森津軽編 其の七)

太宰治ゆかりの地を巡る津軽の旅。

小説「津軽」の中で太宰さんは、大人になるまで

金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐くらいしか知らなかった

と書いています。

弘前といえば、桜の名所、弘前城があまりにも有名。

桜の季節ではありませんが、行ってみました。

ジャン!
2025津軽 (404).JPG
あら、かわいい。

こちら、本丸です。

3階建て。

コロンとしていて、なんとも可愛らしい。
2025津軽 (401).JPG

そして、
2025津軽 (412).JPG
お城のそばから見る岩木山。

太宰さんは弘前高等学校に通っていたころ、

このお城の広場の一角から岩木山を眺めた、と書いています。

そして、そのころ太宰さんが暮らしていた家が、

「太宰治まなびの家」として公開されています。

こちらです。
太宰まなびの家1.JPG
(旧藤田家住宅)

立派なお宅。
2025津軽 (419).JPG
玄関を入ると、

太宰さんがお出迎え。
太宰まなびの家11.JPG
本人が見たら真っ赤になって逃げ出しそう💧

一階は当時の生活の気配。
2025津軽 (423).JPG


ここもやはり、
太宰まなびの家9.JPG
ファンの方がたくさん訪れていました。


金木の斜陽館では撮影禁止の資料が多かったのですが、

こちらはすべて撮影&SNS公開OKだそうなので、

こんなのもご紹介できます。
太宰まなびの家3.JPG
太宰さんの落書き。

太宰さんのノートは落書きだらけだったというのは有名な話。

こんな感じ。
太宰まなびの家4.JPG

親近感。
太宰まなびの家5.JPG

本名「津島修治」の、
太宰まなびの家6.JPG
サインの練習。

本当に公開していいのか悩むレベル。

ご、ごめんよ、太宰さん(震え声)

そして、初めて見る太宰さんの写真もたくさん
太宰まなびの家2.JPG


なんとも、優しそうなお顔です。
太宰まなびの家8.JPG


二階には、当時の太宰さんの居室。
2025津軽 (441).JPG
     ほう、ここが。

落ち着いたお部屋です。
2025津軽 (443).JPG

机も実際に太宰さんが使っていたものだそう。
2025津軽 (452).JPG

本物か定かでないですが、
太宰まなびの家12.JPG
洋服も当時の感じで。

太宰さんお気に入りの二重廻し、学生服バージョン。
太宰まなびの家10.JPG
あったかい。

----------------------------------------
小説「津軽」でわかる太宰さん人物評その6。

太宰さんはとてもおしゃれ。
----------------------------------------

当時太宰さんが通った弘前高等学校は、

現在、弘前大学になっているようで。

一角に太宰治文学碑が建っています。
弘前大学の碑.JPG

まだまだ続くよ、ピー子の津軽旅。

次回は津軽半島を北に、外ヶ浜を目指します!
posted by うえだ at 15:20| 東京 ☔| Comment(0) | ピー子と行く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月11日

ピー子と行く!(青森津軽編 其の六)

小説「津軽」の終盤、

三十数年ぶりに子守のたけさんに再会するため、

太宰さんは小泊を訪れます。

「越野たけ」という名前だけを頼りに訪ね歩き、

たけさんの家を見つけますが、あいにく留守で。

近所の学校の運動会を見に行っていると聞かされます。

たけさんの娘さんの案内で、

学校の校庭でついにたけさんとの再会を果たす。

その時の様子を再現して建てられたのが、

この小説「津軽」の像。
津軽記念館2.JPG

そして、関係するもろもろが展示されているのが、

小説「津軽」の像記念館です。
2025津軽 (344).JPG


ピー子はバスで町を抜け、峠を越えて、海岸を走り、

1時間30分ほどかけて、午後4時に記念館に到着。

午後4時30分(夏季期間)の閉館時間まで30分で、

鑑賞しなければなりません。

残念ながら、館内はすべて撮影禁止。

しっかり記憶にとどめておきましょう。

心もとないですが。



ここには沢山興味深い展示があります。

中でも一番楽しみにしていたコンテンツは、

太宰さんの合成音声🎤

骨格などから計算して復元された、太宰さんの声だそうですが。


率直な感想を言うと、

なんか、

にやけたコメディアンみたいな軽い感じで(個人の感想です)

思わず「うそぉ!」と叫んでしましました。

聞かなかったことにしようと思います(あくまで個人の感想です)



展示の映像音声コーナーでは、

この時たけさんのところに案内してくれた、娘さんの証言や、

たけさん自身の肉声を聞くこともできます(津軽弁は字幕必須)。

娘さんは、訪ねてきた太宰さんのことを、

「なんか気持ち悪い」と思ったと、

率直な感想を述べていたのが、とても興味深い。



再会した二人はしばらく、ものも言わず座ったまま。
津軽記念館1.JPG
それでも、

太宰さんの気持ちは安心しきって、
2025津軽 (353).JPG
「平和とは、こんな気持ちの事をいうのであろうか」と。

ピー子もいっしょに、
津軽の像.JPG
               平和を感じています。


銅像は他にもあって、
2025津軽 (360).JPG
幼少期の太宰さん(修治くん)

若き日のたけさん
2025津軽 (359).JPG
お奇麗。

太宰さん(メロス風)
2025津軽 (358).JPG
なんでメロス風?

今回の旅ではどう調整してもこの30分しか時間をとれませんでしたが、

いつか、じっくり時間をかけて鑑賞してみたいですね。

----------------------------------------
小説「津軽」でわかる太宰さん人物評その6。

太宰さんはとにかく、たけさんが好き。
----------------------------------------

ちいさな港町、小泊。
2025津軽 (369).JPG

たしかな太宰さんの気配を感じた
2025津軽 (365).JPG
ピー子でした。

小説「津軽」は小泊でクライマックスを迎え、終結しますが、

ピー子の津軽旅はまだ続きます。

次回は再び弘前へ!

posted by うえだ at 17:15| 東京 ☔| Comment(0) | ピー子と行く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月09日

ピー子と行く!(青森津軽編 其の五)

太宰さんの生家「斜陽館」を後にしたピー子、

徒歩で金木の隣駅、芦野公園に向かいます。

公園に向かう道すがら、立ち寄ったのが、

「太宰治 思い出広場」。ここの壁には、
2025津軽 (309).JPG
太宰さんのすべての作品名のプレートが発表順に埋め込んであります。

太宰さんも、その作品も、
太宰思い出広場.jpg
本当に愛されているのですね。


さて、到着した芦野公園。

ここには古い駅舎をそのまま利用した、
2025津軽 (315).JPG
赤い屋根の喫茶店「駅舎」があります。

残念ながらこの日は定休日。

小説「津軽」の中で、

「金木の町長が東京からの帰りに上野で芦野公園までの
 切符を買おうとしたら、“そんな駅は知らん”と言われ、
 憤然として30分かけて探させ、ようやく切符買えた」

という趣旨の記述があります。

そんな小さな田舎の駅。

現在の芦野公園駅はこんな様子です。
2025津軽 (313).JPG
がんばれ、津軽鉄道。


太宰さんが子供の頃、よく遊んだというこの公園には、

「太宰文学碑」があります。
太宰治詩碑.JPG
「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」

太宰さんが好んで愛誦していたヴェルレーヌの詩だそうです。

裏側はこんな感じ。
太宰文学碑.JPG
フランス語みたいです。

春には桜の名所にもなるというこの場所に、
太宰治像.JPG
太宰さんの像も立っています。

「太宰さん、これからピー子はあそこに行ってきます」

挨拶を済ませ、ピー子はこれからバスに乗ります。

向かうのは「小泊」津軽半島の北西に位置する港町。
小泊.jpg

小説「津軽」の終盤、

太宰さんが幼い頃、子守をしてくれた「たけ」さんに会いに行く、

感動のクライマックスの舞台。それが小泊です。

そして小泊には、小説「津軽」の像記念館があるのです。

----------------------------------------
小説「津軽」でわかる太宰さん人物評その5。

太宰さんは病弱な実母のかわりに子守に育てられた。

子守のたけさんに三十数年ぶり会いに行くイベントを

小説のクライマックスに持ってくる、ロマンチスト。
----------------------------------------

小説の太宰さんも、バスで小泊に向かいました。

同じ道のりをたどり、ピー子もいざ、

「津軽」の聖地、小泊へ!

その全貌は次回。

posted by うえだ at 13:28| 東京 ☁| Comment(0) | ピー子と行く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする